悠冴紀2018年2月2日悠冴紀著『翡翠の神話』試し読み①アンティークなアーチ型の窓枠に縁取られたハイリガー湖の風景は、彼女に四季折々の色彩を提供するキャンバスのようだった。若葉色の春、深緑の夏、黄金色の秋、白銀の冬。対岸の中央に白い大理石宮殿を据えながら、音もなく移ろい、日々少しずつ色味を変えていく。彼女の枕元で囁く彼の声に導かれて、
悠冴紀2018年2月1日悠冴紀著『翡翠の神話』試し読み②「──そろそろ白状してもらおうか」 いつものように中心街に出かけていく途中、駅まであと数メートルというところで、暗がりから不意に聞こえてきたその低い声に、女は振り返るなりギョッとしていた。Jはいつの間にか背後を取っていて、彼女が思うより間近にいた。「何が狙いだ? 俺をどうしたい?
悠冴紀2017年2月11日試し読み1:偽りの人生(小説「JADE~表象のかなたに~」より)プロローグ * * 「自分を信じられないなら、私を信じて」 窓を伝う雨水のようなしっとりとした質感で、彼女の声が記憶の河を流れていく。女性にしてはトーンの低い、落ち着いた声だ。 Jは今、ベルリン郊外の墓地を訪れ、十数年前に存在を抹消されたある一人の男の墓を見下ろし...
悠冴紀2017年2月10日試し読み2:見えざる凶器たちの行方(小説「JADE~表象のかなたに~」より)Jは彼女を連れて、ハイリガー湖に向かった。異常気象のせいか天候不安定な春の気まぐれか、曇り空で気温が低く、少し肌寒いくらいだったので、今日なら水辺にくつろぎに来る人は少ないだろうと思った。 新緑が優美に彩る広々とした新庭園の敷地内で、散歩をしている人や写真撮影をしている人、...
悠冴紀2017年2月9日試し読み3:継承者 〜活動家たちのリング(小説『JADE〜表象のかなたに〜』より)Jは、現在の仕事場である訓練施設へと向かう前に、グルーネヴァルトの持ち家に立ち寄った。この前憲玲と一泊したとき、置き忘れてきた腕時計を取りに戻ったのだ。 だがJが、GPSを無効にした車で敷地内に乗り入れたとき、思いがけず門の手前にランゲ大佐の姿を認めて、眉をひそめた。大佐は...