
悠冴紀のコトバの欠片

2016年刊行の国際派サスペンス小説『JADE~表象のかなたに~』の案内ページです。
(※ 2012年に刊行した社会派ダーク・ミステリー『PHASE(フェーズ)』で人気を博した登場人物たちが、ヨーロッパを舞台に活躍する緊迫のスピンオフ。なお、本作の後日談的なストーリーで構成された『翡翠の神話(ミュートス)』とあわせて、PHASEシリーズ三部作と呼んでいますが、3冊すべてを読まなければ物語の本筋が完結しない続き物というわけではなく、読み切り型の作品です。2作目3作目には、前作までのネタバレに当たる描写も含まれていますが、そこは本シリーズが初めての読者に対する配慮ですので、ご了承ください。)
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内容紹介
その男には『顔』がない ──。
十数年前に、ある特殊な依頼のためにドイツ連邦情報局(BND)に引き入れられ、幾つもの名前と言語を使い分けてきた『国なき男』J。逃れられない闇を背負い、誰も真には寄せ付けずに生きてきた彼のもとへ、あるとき日本でカルト教団と戦っていた頃のパートナー、憲玲(ケンレイ)が現れる。裏社会からすっかり足を洗い、別人のように改心した今の彼女は、教育課への転向を望みながらも未だ当局の縛りから抜け切れずにいるJの目には、一足先に第二の人生に踏み出した道標のようだった。
「──人間性に目覚めるのが、少しばかり遅すぎた。
さながら兵士の末路さ」
「どんな組織も枠組みも、行き着く果ては皆同じ。
明日の平穏を脅かす、治世の奸賊なのさ」
「あなたの視点がすでにある、あらゆる枠組みの外側で、自分なりの価値を再構築するの。破壊者時代の自分とは全く異なるカラーで、続く道を彩って。それが本当の意味での乱世の終結、第二の人生に向けての第一歩ってものなんじゃない?」
再会の経緯に謎を残しつつも、日常を共にし始めた二人は、やがて深く愛し合うようになるのだが……。
「私は知っているんだよ、あのことを」
背後で息を吹き返した、拭い去れない過去。
次第に暴かれていく軌跡と驚愕の真実。
黒い歴史を刻んだベルリンの街で、一発の銃弾が束の間の平穏を切り裂き、かつてのハンターが、狩られる側に。
二人に執拗に付きまとうスナイパーと黒幕の正体は?
そして姿なき刺客に追い詰められていく二人の行く末は──?
手に汗握る社会派ダーク・ミステリー『PHASE』から三年
抒情的なヨーロッパの街並みを背景に展開する
珠玉のノワール
試し読み1 ~偽りの人生
プロローグ
「自分を信じられないなら、私を信じて」
窓を伝う雨水のようなしっとりとした質感で、彼女の声が記憶の河を流れていく。女性にしてはトーンの低い、落ち着いた声だ。
Jは今、ベルリン郊外の墓地を訪れ、十数年前に存在を抹消されたある一人の男の墓を見下ろしていた。
改めて振り返ってみると、偽りの人生は多難だが気楽だった。己の感情を切り離して、ただすべきことをすればいい。だが一旦ホンモノの人生が動き出すと、そうはいかない。誰にも踏み入られないよう封をしていた場所から、自分の最も無防備な部分を引きずり出してきて、剥き出しの状態で対峙しなければならないからだ。自分のような人間には無縁だと思っていた、不慣れで不得手で濃やかな現実の数々と。
ニセモノのままで終わる人間は、そこから逃げ出した者たちだ。自身のコアを揺るがすような深刻なダメージは免れるが、何の進歩も進展もなく、何も得られずにただ終わる。
信仰心もないのに十字架をかたどった眼前の墓石には、無数の名を使い分けながら生きてきた彼自身の元の名前、ゾラン・ブラゼヴィッチの名が刻まれている・・・・・・
試し読み2 ~見えざる凶器たちの行方
Jは彼女を連れて、ハイリガー湖に向かった。異常気象のせいか天候不安定な春の気まぐれか、曇り空で気温が低く、少し肌寒いくらいだったので、今日なら水辺にくつろぎに来る人は少ないだろうと思った。
新緑が優美に彩る広々とした新庭園の敷地内で、散歩をしている人や写真撮影をしている人、画材片手にスケッチのための場所を吟味している人など、何人かの人達とすれ違いながら、Jと憲玲(ケンレイ)は二人で湖沿いに歩いていた。その間、Jはずっと、今後どう言って彼女を帰らせるか、それまでどう彼女の身の安全を確保しようかということで、頭がいっぱいになっていた。
一言も喋らないまま、眉間に縦じわを寄せて隣を歩いているそんなJの横顔を、憲玲は瞳の隅で静かに窺っていた。
同じ新庭園の中でも、ポツダム会談で知られるツェツィーリエンホーフ宮殿のある北側は、観光客が多いので素通りして、二人は南側に回ってきた。ハイリガー湖南端には、ゴシック・ビブリオテークと呼ばれる小ぢんまりとした建物がある。『ビブリオテーク』は直訳すると『図書館』の意味だが、元々プロイセン王ヴィルヘルム二世が、個人所有の蔵書のために建て……
試し読み3 ~継承者 〜活動家たちのリング
Jは、現在の仕事場である訓練施設へと向かう前に、グルーネヴァルトの持ち家に立ち寄った。この前憲玲と一泊したとき、置き忘れてきた腕時計を取りに戻ったのだ。
だがJが、GPSを無効にした車で敷地内に乗り入れたとき、思いがけず門の手前にランゲ大佐の姿を認めて、眉をひそめた。大佐は何故だか懐かしむような郷愁の眼差しで、屋敷の方をじっと眺めて立っている。
「大佐、こんなところで何を……?」
この場に立っているのが他の下っ端工作員だったなら、例によって上の命令で自分や憲玲の居所を探りにきただけと思うところだが、大佐が自らやってくるからには、何か別の理由があるはずだ。
Jはひとまず、彼の出方を窺うことにした。いつかと同じように、二、三歩距離を保ち、斜め後ろから慎重に。
大佐は、屋敷の方を向いたまま、ふとこう投げかけてきた。
「私が君を見出したのは、ただの偶然だと思うかね、ヴァイス?」と……
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