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  • 悠冴紀

詩「雪の記憶」

更新日:2023年2月18日



作:悠冴紀


雪を見るたび 私はいつも 何故だか君を 思い出す 君の喪失は受け入れない 受け入れられるわけがない だがこの悲しみは 引き受ける あえていつまでも 悼み続ける



忘れるつもりなど更々ない 君との日々も その別離さえも


たとえそれが楽な道でも 私は決して忘れない


君の記憶は 心の宝


悲しみの深さは その大きさの証


皆早く気付くべきだ 失うに堪えない関係があること自体 恵まれている証拠なのだと


かつて私には誰もいなかった 失うものがない身の上を 強みなのだと捉え違えていた


情の欠片もなく冷ややかで 鬼畜同然の人でなし……


君との出会いが 私を本当の意味で「人」にした


時折頬を伝うこの涙が ついに枯れ果てて止まるとき 私は再び「人」ではなくなるだろう


前向きどころか退化して かつての鬼畜に逆戻り


だから

「悲しむな」とは言わないでほしい 喜びも 悲しみも 苦しみさえも この身の一部として刻んだものすべて 君のいない先々にまで携えてこそ 本当の意味での前進だ それが私の向き合い方 君は私の良心になった 一生失えない指南役 去れども尚 私を導き 悲しみをもってさえ 学ばせる


だから改めてここで宣言する


君の喪失は受け入れない 君のいない事実を認めはしても 忘却という道だけは選ばない


この悲しみを丸ごと引き受けて 昨日のことのように悼み続ける


楽ではないと知りながら 心の風穴を埋めずにおく



──窓の外を見て この痛みはどこか あの雪に似ている 冬の寒さを儚げな美に昇華して 凍える思いさえ至福に変える 白くて 自由で 軽やかで…… 仄冷たい肌触りを保ちながら 心象の空を舞い続ける──


※2016年1月19日作  書いたのは2016年ですが、かなり旧い記憶を手繰り寄せて書いた一作です。私の場合、子供の頃や若き日のこうした喪失体験が、その後の執筆作品(本業であるフィクション小説)に活かされているなと感じるところが、大いにあります。もちろん、そのままの形ではなく、作品ごとのカラーや登場人物たちそれぞれの性格や経験、歩みに合わせて、一見まるで別物の装いで。


 これもあくまで私の場合は、の話ですが、日付けのない日記のような感覚で綴られる詩作品(ノンフィクション)に対して、自分以外の何者かの物語として産み出される小説においては、著作者の実体験や感情、価値観といったものは、そちら側(フィクション小説)の世界観を築き上げるための単なる養分の一つ(←他にも色んな人たちの要素が養分として混ぜ込まれていく)でしかなく、花が開花するのに必要とする大地の土や水のようなもの。


 そうやって、元の素材や自分自身の一部を、切り刻んで作り変えて役立てる、といったアウトプットの流れが、現実の色んな経験や感情、物事を客観視して整理し、昇華しやすい状態へと導いてくれていたようにも思います。そのために書いてきたわけではないけれど、結果的に。

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注)シェア・拡散は歓迎します。ただし、この作品を一部でも引用・転載する場合は、必ず「詩『雪の記憶』(悠冴紀作)より」といった具合に明記するか、リンクを貼るなどして、作者が私であることがわかるようにしてください。自分の作品であるかのように配信・公開するのは、著作権の侵害に当たります!


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