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  • 悠冴紀

名言(名場面)集1 from『クルイロ~翼~』


●「お前といると、俺のプレーが鳥になる」

 アレクセイは一瞬首をひねって聞き返した。

 「え? どういう意味?」

 「翼は一つだけついていたって、空を飛べない。

 でももう片方を持ったお前と組んで二人が一緒になれば、

 自由自在に羽ばたけるようになって、

 言葉通り鳥みたいな感覚でプレーできるって言っているんだ」

●「俺たちは二人セットで鷲みたいだな」

 いつもの独特な話しぶりで、彼が言った。

「心を一つにしながら二つの頭を持ち、同じ翼で共に大空を舞うことのできる“双頭の鷲”だ」

●「劇作家にでもなった気分だよ。計算し尽くされた戦術だとかなんとか言われているけど、実際には何も考える必要なんてない。ただ自然に閃くんだ。フィールドという舞台と選手という役者を見ているだけで、幾通りもの物語が浮かび上がってくる。あとはそれを目に見える形へと変換するだけ。自分でも不思議なんだが、思い浮かんだ瞬間には身体が独りでに動き出していて、気付けば形になっているんだ」

●「将来、プロのサッカー選手を目指す気はないの?」

ボリスはあっさり答えた。

「ない」

 しかしそう言い放ったときの彼はまた、サッカーに没頭しているときのような、感覚に素直なボリスとは別人で、心の門番あるいは感情の押え蓋と言える『意識』で思考するボリスだった。そして、我こそは良識派の大人だと思っている世の大勢の視点を借りて、彼はこう加えた。

「プロの選手になる人なんて、世の中にほんの一握りだ。俺は自分の器も考えずに突っ走る夢想家じゃない」

 だがアレクセイはこう思う。現実主義の仮面を被った、そんな恐れと妥協の無難主義の理論では片づけられない才能の持ち主も、中にはいるのだと。確かにプロになり成功する人は『一握り』だが、実際、誰かはそうなっているから『一握り』と言うのであって、確率はゼロではない。今目の前にいる人物がその“誰か”にならないとは断定できないのだ。

 アレクセイはこの日、何故だか自分が彼にそのことを気づかせてやらなくては、という使命感が湧き起こるのを感じていた。ボリスの中の、自分自身を過小評価して殻に閉じ込めておこうとする慎重な意識の層の、更に奥深いところから、有り余る才能を、その翼を広げるのに相応しい大空で開花させようと望む、別な声が聞こえた気がしたのだ。

●「前例のない新しいものは畏れられ、非難の的にされるものだよ。君にしか思いつかないものを創造するわけだから、当然はじめは理解者が少なく、その道で受け入れられるには時間がかかるかもしれない。でも、ほかに類のないたった一つのものというのは、人々の心を直接揺さぶる力がある。それこそが本物であるということなんだよ。人々はいつか必ず君のプレーに酔いしれて、その凸凹した個性にこそ真価があることを発見する。今はまだ目が慣れていなくて、ショック状態に陥っているだけだよ」

 実際、デビュー当初、土台がしっかり出来ていたにも拘わらず、一見洗練されていないのではないかと錯覚される要因になっていた、個性の凸凹感や意外性こそが、後に多くの人々を惹きつけ、心底愛されるようになった。人々は「サッカーを観に行く」とは言わず、「スクラートフを観に行く」と言うようになった。

「何があっても、この世にたった一つの貴重な創作品を、フィールド上から消してしまってはいけない。世界の財産なんだから。今にきっと伝説になって、皆が君の真似をしたがるようになる。僕はそう確信しているんだ」

●「もうわかったんだ。自分よりはるかに優れた才能や知識があって、尊敬に値する人物なら、世界中にいくらでもいるだろう。でも俺にとっては、お前を超える理解者が、世界中のどこを探しても一人もいないんだ」

 ボリスの腕がスッと伸び、真っ直ぐアレクセイを指差した。

「一度お前の分析とか評価を聞いてしまうと、他の誰の話を聞いても全く説得力を感じられない。何故って、他の人たちはサッカーの理解者ではあっても、俺のプレーの理解者ではないからだ。解読者がいなければ、暗号文がただの落書き同然、意味を持たなくなるように、俺と同じ波長でイメージを共有できるお前のその洞察力と分析力をもってして、初めて俺のプレーがこの世に存在できるんだ」

「そんな大げさな……。僕なんかが観ていなくたって、君のプレーはすでにそれ自体で充分すぎるほど存在感があって、誰の目にも優れているよ」

 アレクセイは苦笑を浮かべて何度も首を横に振ったが、ボリスはすっかり自説を確信してしまっていた。

「言っただろう。他の奴じゃダメなんだ。色々な人たちと出会って見比べてみたおかげで、はっきりとわかったんだよ。俺がピッチの上で描く俺なりの抽象画のために探し求めていた“諭し人”は、お前だ」

 サバサバした口調で、しかし一言一言に重みを付加して、ボリスは言い切った。

●「自分を理解しない大勢が存在するということよりも、自分と通じ合えるたった一人の人物が存在する、ということの方が重要なんだ」

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